きっと誰にも幼い頃に思い描いた夢の一つや二つはある。いや、夢というほど大袈裟なものではなくても、「きっと大人になったらできるかもしれない」とぼんやりと思っていたようなものが。プロ野球選手になるとか、ケーキ屋さんになるとか、そんな類のものの一つや二つが。
やがて誰もが「大人」と呼ばれる風体になっていく頃、いつの間にかそんな想念は徐々に姿を薄めていくようにもなる。
しかし、職業としてのそれではなく、「こんなことをやって見たい」という幼い頃の漠然とした夢は記憶として残り続けて、「大人」になってどのような仕事をするようになったとしても、どこかで人生に影響を及ぼし続けているのではないか。そう感じる時がある。
幼い私にとってのそれは「世界中のあらゆる国と、日本の47都道府県を旅して見たい」という漠然としたものだった。
これはたとえ私がどんな仕事をしていたとしても、持ち続けることのできる夢の記憶だと、今でも思っている。
ひょっとすると全世界の国々は難しいかもしれないが、47都道府県であれば生きているうちにその夢を叶えられるかもしれない。そして幸いなことにその夢の記憶がまもなく現実のものになろうともしている。
私ははじめて山口県へと旅をしようとしている。
山口県を旅すると、日本で未旅の都道府県は残り2つになる。
もちろん旅において大切なのは「目的地に行く」ことではなく、そこに吹く風を、流れる水を、降り注ぐ光を、生きる人々をどう感受するのかということなのだけれど。
そんなことに思い巡らせながら、私は今、早朝の羽田空港の第一ターミナル2番ゲート近くのソファーに座っている。
薄いコーヒーを飲んで搭乗ゲートが開くのを待っている。
旅に出る前のなんということもないこの瞬間が、妙に美味しい時間なのだ。
田中 孝幸